お知らせ
2026年1月1日
2026年 活動方針
主題「希望をもって」
主題聖句「涙と共に種を蒔く人は 喜びの歌と共に刈り入れる。」詩編第126編5節
<基本的な活動理念>
2025年6月以降、中会運営委員会や牧師会から各教会・牧師に今後の宣教に関するアンケートが出され、回答するために教会の現在とこれからのことを考えると、コロナ禍後の礼拝出席者数や会計が厳しいことを実感します。そこでこの御言葉を思い巡らしていると、委ねられていることを忠実に果たすなら必ず報われる、正しく使命を遂行するなら結果がともなうという励ましにも聞こえます。それにしても涙があるのです。種蒔く者には多少の不安があっても、期待して畑に出て行きます。種入れをかかえ、実りの時を想像して種を蒔くのではないでしょうか。しかし、ここに、「泣きながら」とあります。蒔く人が過去に経験した現実があまりにも険しいものだったのか。辛い状況のなかで、なお出かけて行かなければならなかったのか。一生懸命に働いても時には不安になり、期待が裏切られることもあります。それでも、この農夫のように声をあげ、歌えるか。わたしたちに問われています。これは自然の経過を死んで甦る命とみなしたことに基づきます。新約聖書の麦粒のたとえ、多くの実を結ぶために死ななければならないというたとえ(ヨハネ12:24、コリント一15:36)の根底にも同じ考え方があります。ここで初めて、「涙をもって種蒔く人々」と「彼らは出て行き、泣く」という、この詩の言葉が理解できます。詩人が種蒔きと収穫のたとえにとどまり、解釈をつけ加えていないことは詩人の芸術的力を示します。もちろん、現実の窮状を暗示するととられますが、地中に蒔かれる種のように、死から生をつくり出す神の力がそこにすでに働いているのを見ることができます。
農夫は地に立ち、種を蒔きます。この人は刈り入れの時に束を抱えること、そして、この人の全てを支配される主なる神を知っているのです。主なる神の支配のもとで喜びの歌とともに主なる神に帰っていく。その時代の苦難に光を与え、それを神の意志にかなう道、それのみが闇から光へと導く、と認めさせるのは、ここでも最終的には神への信仰です。この信仰によって神の計画が現われてくる。この希望をもって、今後の教会のことを語り合いながら、私たちに託された善き業に励んでいきたいと思います。
